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私は萪霧依の頬に手を伸ばし、もう片方の頬に唇を近づける。
「萪霧依……大好き」
いつもの、私なりの挨拶のやりとりなのに、今程虚しく響く“大好き”を私は知らない。
「俺も、大好き」
ちゅ、と音を立てて離れてゆく萪霧依の顔。その表情は、私の知らない感情でいっぱいだった。
「ああ、由衣。来てたんだ」
この声は梼貴。……いつもの私にもどさないと。
くるりと振り返り、私は梼貴に向かって飛び付く。
「ゆーずきっ久しぶりだな、昼間に会うの」
「そうだね、由衣はいつも夜に来るからね」
「昼間は眠いんだって」
「最近はそうでもないように見えるけど」
「そうでもない。起こされるから起きるだけだし」
本当。アキてば起きるまで起こすんだもん。朝から元気だよなあ。羨ましいような、羨ましくないような……。
「ふふ、でも最近楽しそうだよ」
梼貴──。お前は知ってるだろう?
「“それ”、誰に向かって云ってるんだ? 私は“楽しい”なんて感情持った覚えはない」
「っ、ごめん。俺としたことが、忘れていたよ。由衣がこんな普通の生活をするなんて、今までなかったからね」
眉を下げて、申し訳なさそうな笑みを浮かべる梼貴を一瞥し、私は倉庫を出た。
「由衣っ」
焦った梼貴の声に振り返る。
「──何焦ってんの、喉渇いたからジュース買いに行くだけだって」
口角を上げてやると、あからさまに安心したような梼貴の表情。心のこもっていない笑みでも安心できるものなのか。
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