携帯電話

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「3年程前に、隣の県で『通り魔事件』があったのはご存知ですか?」 マスターはそう聞いてきた。 …はて? どうだったかな? 実際、今の日本には『通り魔事件』はかなり起きている。 よっぽどインパクトに残らないと、覚えていない。 俺は言う。 「いや~、どうだったかな?あまり覚えてないですね~。」 マスターは少し寂しそうに、「そうですか…ご存知ありませんか…女性が一人ね、殺されたんですよ。後ろから包丁で『バスッ』とね。」 さらにマスターは続ける。 「見事なもんでしたよ。迷わず心臓をひと突き。彼女は悲鳴も上げずに死にましたよ。」 …随分と詳しいな。 まさか… 「ひょっとしてマスター、事件現場に居たんですか?」 「えぇ…居ましたよ。殺されたのは私の…女房ですから…」 え~っ!! まさか! まさか自分の目の前に、事件の被害者がいるとは。 流石に俺は、驚きを隠せない。 「あの日…私は知り合いの道場で、居合い抜きの実演をしていたんですよ。」 ん? 居合い抜き? マスターが? 「あぁ。言った事ありませんでしたかね?こう見えても私と女房は、居合い抜きの師範でしてね。」 ほぅ。 人は見かけによらないモノだな。 「そしてあの日、女房と一緒に知り合いの道場で実演をした帰り道、事件にあったんですよ。」 …淡々と話マスターの口調が、随分と怖く感じる。 「それで女房が刺された瞬間、私は実演で使った日本刀を抜いたんですよ。犯人もまさか、日本刀を持っているとは、思わなかったんでしょうね、直ぐに逃げようとしましたが…」 「そこを袈裟懸けに『ズバッ』と…犯人は上手く避けたつもりだったんでしょうが、手を押さえて逃げましたよ。」 …それも凄い話だな。 「それで、どうなったんですか?犯人を捕まえたんですか?」 「いえ…女房を置いて、追いかける訳にもいきませんから。そのまま逃がしましたよ。だけどその代わり…現場に指が3本、落ちてましたよ。」 指?! 切った時に指を落としたのか。 「でね。その指を一本、持って帰って来たんですよ。」 何だと? 持って帰って来た? 「どうして…持って帰って来たんですか?」 マスターは一呼吸置いて、理由を教えてくれた。
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