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「優花、最後にひとつだけ我が儘きいてくれる?」
口紅の筆で唇をなぞりながら海斗が言う。
「何?」
私は目を閉じたまま聞き返した。
「最後にもう一度だけ、キスを」
筆が離れ、代わりに訪れる柔らかな感触。
軽く、小さなキス。
私は目を開いた。
間近に海斗の顔。
「終わり」
海斗は目を細めて笑った。
私は鏡を見る。
いつもと違うナチュラルなメイク。
髪も巻かれず、流されたまま。
幼い私がそこにいた。
「言うんだろ、本当の事。なら本当の姿に近い方がいい」
海斗は私に背を向けたまま、道具を片付けている。
「海斗」
私は海斗の背中にそっと額を寄せた。
海斗は動かずにそのままだ。
「早く行けよ。遅れるから」
後ろを振り向いたまま海斗は呟いた。
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