3/13
前へ
/75ページ
次へ
   私の父とここの主人は昔馴染みの友人で、両親は隠すように私をここへ預けた。夜の世界は、灯が当たらなければ影の世界。私は、その影にいる。  最初は何の役にもたたなかったけれど、遊女の着付けも含め世話は簡単にできるようになったし、女将から料理も教えてもらった。  洗い物は食器から布巾から下着まですべて私がやる。掃除だって。  常に、必死だった。  常に、恐れていた。  見つかることを。  ここから追い出されることを。  主人や女将、遊女たちの憐れみを含んだ優しい眼差しが、蔑みに変わってしまうことを。 ***** 「しかし、よく飲むねえ……」  厨で洗い物をしていると、一息ついて腰を下ろした女将が呆れたように言った。  もう料理はほとんど頼まれないが、酒がどんどん壁の向こうに消えてゆく。十分余裕をみて用意している酒が、明日の分まで手を付けそうな勢いだった。 「私もその酒の味をみてみたいもんだよ、壬生の狼……」  そう呟いて、外へと出ていった彼女の言葉に、今日の客が誰なのかを知った。  少し前に京に来た浪士の集団で、あまり良い噂は聞かなかった。  
/75ページ

最初のコメントを投稿しよう!

169人が本棚に入れています
本棚に追加