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私の父とここの主人は昔馴染みの友人で、両親は隠すように私をここへ預けた。夜の世界は、灯が当たらなければ影の世界。私は、その影にいる。
最初は何の役にもたたなかったけれど、遊女の着付けも含め世話は簡単にできるようになったし、女将から料理も教えてもらった。
洗い物は食器から布巾から下着まですべて私がやる。掃除だって。
常に、必死だった。
常に、恐れていた。
見つかることを。
ここから追い出されることを。
主人や女将、遊女たちの憐れみを含んだ優しい眼差しが、蔑みに変わってしまうことを。
*****
「しかし、よく飲むねえ……」
厨で洗い物をしていると、一息ついて腰を下ろした女将が呆れたように言った。
もう料理はほとんど頼まれないが、酒がどんどん壁の向こうに消えてゆく。十分余裕をみて用意している酒が、明日の分まで手を付けそうな勢いだった。
「私もその酒の味をみてみたいもんだよ、壬生の狼……」
そう呟いて、外へと出ていった彼女の言葉に、今日の客が誰なのかを知った。
少し前に京に来た浪士の集団で、あまり良い噂は聞かなかった。
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