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上がり口にどっかり腰を下ろすと、煙草の煙を吐き出す。
「どうしました?」
私は訊いた。主人は頭をがしがし掻いて、半分呆れたような顔をしていた。くくっていた髪がひと房、まとまりから落ちた。
「あいつら柱に傷つけやがって」
「は?」
「酔って刀振り回してやがる。俺は店を血みどろにされたくはねえ」
こぼすと、また思いきり煙草をふかした。
「でも、今日はずいぶんお酒も出ましたし」
「貸しにされなければな」
主人は恐ろしいことをさらりと言った。
その時だ。
「主人はいるか」
客室に繋がる戸から、誰か男の声がかかった。誰か、といっても侍のうちの誰かである。
主人の目配せで、私は戸の死角に隠れた。声が聞こえる。
「いかがなさいましたか」
「そろそろ帰る。支払いを頼む」
「かしこまりました」
なんとか売り上げは入ってきそうだと胸を撫で下ろすと、相手の侍が言った。
「ここは女将の厨か?」
「はい、私の家内が全ての料理を」
「……そうか」
短い会話の後、戸が静かに閉まり、足音が遠のいていった。
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