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   大きくひとつ息を吐いてそっと腰を下ろす。また厨に静けさが一瞬戻る。  その中に漂う主人の煙草の残り香が、微かに私の鼻をついた。  しばらくすると、廊下に男たちの大きな笑い声と足音が響き、近づき、遠ざかっていった。そっとそちらに面した戸が開き、若い遊女がにっこり笑って頷く。  それが「終わった」合図である。  私は廊下を走り、客のいた部屋を開け放した。酒の香りと熱気がこもった部屋は、まるで真夏の部屋に雨が降ったかのようにじっとりとして、私の肌を汗ばませる。  膳を全て外に出し、食器をたらいの水にぶちこんで、窓は開け放ったまま、冷たい外の空気を入れる。畳を全て雑巾をかけ、座布団を片付け、ぐいとひとつ伸びをした。  これらの仕事は全て私一人でやる。主人は金を数えて管理、女将は明日の料理の準備をする。遊女は先に休ませる。  この店には、私以外の下働きはいない。だから、全て私の仕事だ。きっと、普通の町民の娘ならこの仕事の量はこなせない。それを知っているから私はずっとこれを続けてきた。  一般人である主人が、女将が私を追い出せないようにするために。  私がここにいなければならない理由を、作るために。  
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