169人が本棚に入れています
本棚に追加
部屋を片付け、私は階段を下りる。小さく、ひとつ下りるたびに階段が鳴く。
きっと、そろそろ主人は女将と一緒に家に戻って、酒に唇を湿らせたりしているかもしれない。この店に一番早く来るのも、一番遅く出るのも、私である。
ゆっくりと一階に足を付いた。
部屋の中からまだ灯の光が漏れている。消し忘れたのかとそちらに足を踏み出すと、部屋から声が聞こえた。戸を開けようと手をかけたが、向こうから聞こえる主人の声がいつもよりも大分怖くて、思わず躊躇う。
そこに、別の声が聞こえた。
「お会いしたいだけだと言っているじゃないですか」
「お断りします、見間違いですよ。うちには女たちと女房がいるだけなんでね。何度言ったら信じていただけるのでしょうか」
「私の目を疑うというのか?」
その声は落ち着いた、しかし高い声だった。穏やかに口調を整えてはいるが、明らかに有無を言わせぬ強さがある。
「……ああ、やはり」
その声が言った。
「ほら、そこにいらっしゃるじゃないですか。私に嘘を仰るなら、この店を潰すことなど容易いのですよ?」
最初のコメントを投稿しよう!