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足音が聞こえる。主人が声を荒げ止めようとする言葉を浴びせても、確実にそれは紡がれる。私に向かって、近づいてくる。
とっさに身を翻す。二階に上がっては逃げられない。
思わず私は厨へ駆ける。何度か床で足を滑らせながら、土間に下りる。
こんなことって、こんなことって。何故、どうして。私が何をしたというの? どうして侍が、私のところに。
ごめんなさい、ごめんなさい。
旦那さん、女将さん。私がいたから、私がいるから。
「待ちなさい」
声が後ろから聞こえてきたけれど、それがなんだかとても楽しそうで、怖い。振り向けない。
草履をつっかける余裕もなく、私はそのまま外へ飛び出した。
裏口そばにある井戸にぶつかりそうになり、慌てて手で払うようにして避ける。裏の細道に入ろうとしたとき、足の裏に痛みが走った。
誰かが捨てたのか割ったのか、散らばっている茶碗の白い欠片が妙に光って見える。
それで足を傷つけたのだと気付くと、とたんに痛みが襲ってきてしゃがみこんた。
足音がまた近づいてきて、ゆっくりになり、止まる。私は、立ち上がることができなかった。
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