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「綺麗ねえ」
昨日と何ら変わらないように見える月を見て、女将が言った。細くて、銀色に光る船。誰も乗れない、誰も近づけない寂しい船。
月。やっぱり私は、あなたが嫌いだ。
*****
約束の時間は、近づいていた。
昨日、さんざん降り続いた雨はぱたりとやみ、空が見下ろしていた。その中でひとつだけ目立つのは銀色の月。
また、同じような夜が始まる。日常の何かから解き放たれるために、快を求めてやってくる男たちのための町が目を覚ます。一見華やかで、愛憎に満ちているかのように思われるこの町も、人が幸せを夢見て暮らしていることに違いはない。
私はどこへ行っても受け入れてはもらえないけれど。
月はどんなときも、誰が見ても美しいと言ったのは誰だろう。銀でもあり、金にもなり、時に赤く。不十分に欠けていようと、それを美しいと人は言う。
でも、私はそんな嘘は要らなかった。
私は、いつからこんなにねじまがってしまったのだろう。綺麗なものを綺麗と言えないなんて。
私は生まれたときから他人に恐れられ生きてきた。
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