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月が見えなくなれば人は不安を抱く。月が赤く光れば人は恐れる。いつもと違うもの。他と違うもの。それを人は恐れ蔑み、または気づかない振りをして。自分を幸運に思いながら生きている。
違う者の心など、無視して。
大きくため息をついて、厨に戻る。蒸し暑い空気と、顔を真っ赤にして火の側にいる女将が私を迎える。湯気で空間が歪んでいて、私は顔をしかめた。
「日向、足は大丈夫なのかい?」
女将はさりげない口調でこちらを見ずに言った。火が大きく燃える傍らで、その声はどこかぼんやりと聞こえる。
私の昨日の切り傷は、今は大分痛みが少なくなっていた。思ったよりもきつく巻かれていた手拭いが、傷を塞いでくれたらしかった。
あの場でおそらく引き裂いて作ったであろうそれは、もう手拭いとしての役割は果たせない。主人や女将に散々言われて捨てると宣言した細い手拭いは、洗われて微かに私の血を染み込ませたまま、私の部屋に隠されていた。
「大丈夫です。本当にごめんなさい、ご迷惑をおかけして」
「何言ってんだい、昨日はいきなり入ってきたあちらさんが悪いんだよ。心配なんかするんじゃない」
怒ったような口調のその言葉に、小さく頷いた。
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