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「ちょっと、ここで待っててな」
そう言って兄は、母を呼びに店の方に出ていった。兄に連れられてきた母は、それはそれは驚き、顔を真っ青にして私を乱暴に抱き上げた。
心配もあったかもしれないが、私を兄に見られる日が来るとは思っていなかったのかもしれない。
「ああ、どこかから入ってきちゃったのねえ。迷子なの、可哀想に」
私をあやしながら言った母に、兄は当然の疑問を投げ掛けた。
「母上、どうしてこの子……」
それが大きな機会となった。
私はその二日後に、今の私の家に来た。
主人も女将も最初はもちろんとんでもないと拒否したが、父のたっての頼みと巨額の礼金に折れた。その頃この夫婦は大分金に困っていて、借金まであったらしい。この時の父の礼金でその全てを返し、今の店を持つことができたのだと聞いた。
私を手放したのは、月が明るい夜だった。私は、どうして両親の元から離れていくのかがわからなくて、連れていかれる立場なのに泣きもしなかったらしい。そんな私を見て、両親は泣きながら言った。
この世に落としてすまない。
生を絶ってやれなくてすまない、と。
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