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気がつけば全ての客が帰っていて、私は昨日と同じように後片付けをしていた。雨が降っていないせいか、昨日に比べれば大分涼しい客の間は、それはそれで何となく物寂しい。
もうここには私しかいない。
がらんとした、続きの広間。月の光で藍色に染まる畳の、そのひとつひとつの目が見えるくらい、満月でもないのに月が明るい。
同じように腰を下ろして、私はまた道行く人を見る。丑三つ時になる前に、人々は急いで家路につく。
遊郭も同じで、そこまで朝帰りをする人は多くはない。月が導くその道に、人は影を落としながら足早に通りすぎる。
すると、それらとは逆の方向に、こちら側に歩いて来る者がひとりある。顔は見えないが、それをまっすぐこちらに向けながら。
何が起きるかもわからず、おまけに昨夜と違って主人も女将もいない、それなのに何故か私は冷静で、その影が近づいて来るのをただじっと見ていた。刀を持っている人間だということは十分承知しているはずなのに、どうしてなのか恐ろしさはなかった。
私の窓の下に来た彼は、そこまで来てようやく顔が見えた。笑顔を浮かべ、彼は言った。
「下に、来てもらえませんか?」
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