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  「あの傘は、もう差し上げるつもりだったらしいですよ。もともとあれは、その辺りに忘れられていたものをくすねただけだったらしいですしね」  憐は続けた。 「ただこの間、こちらに来たとき同じ傘を見かけたからと」 「そうだったのですか……」 「きっとそのまま置いていても無駄になるから使う、ですって」  使われるこっちの身にもなってほしいですよねぇ、と憐は呟いた。確かに、傘一本のためにここまで来たとは、随分ご愁傷さまなことである。  憐に一言断って厨へ戻ると、あの時の傘はあのままに、雨に当たらない場所でぽつんと立て掛けられていた。安心したのか、ため息がまた漏れた。  その時急に背中に寒気が来て、私は初めてそれほどまでに冷や汗をかいていたことに気づいた。  私は、怖かった。  憐が本当に、恐ろしかったのだ。  冷たさを全身に感じながら、私は持ち帰ってから一度も使っていない傘を開いた。表面の埃を拭き取り、ほんの少し油を塗る。  柄を、握りしめた。 「ねぇ、日向さん」  奥の方から自分を呼ぶ憐の声が響く。何も答えずにそちらを振り向けば、こちらからは陰になって見えないところから、もう一度それは聞こえてきた。  
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