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「ここは、月がよく見えるんですね」
自分を呼ぶ声に戻ってくると、憐は表の戸を僅かに開けて、そこにちょうどよくはまって見える月を眺めて言った。
「はい。とても綺麗に月の光が当たります。夜に灯り無しに佇む人の顔も時折見ることができるほど」
「なるほど」
憐はしばらく何も言わずに月を見つめていたから、私はその後ろで何も言えず、憐の着物の紋様の細かなものを、ひとつひとつ数えながら黙っていた。
それは何とも言えない、不思議な光景であった。
「日向さん」
月を見ていた憐が、小さく呟いてこちらを見た。私はそっと身体の向きを彼に変える。憐は何やらこちらをじぃっと見つめているようで、私は同じに何も言わず、ただそっと目を伏せていた。
「日向さんは」
そして、憐は言った。
「日向さんは、どうして私を顔を上げて見てはくださらないのです?」
「え?」
「私はあなたに会ってから、お顔をほとんど拝見しておりません」
月に照らされた憐は少し眉を下げて困ったかのように、そっと微笑んだ。私は横目でそれを見ていた。
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