13/15
前へ
/75ページ
次へ
  「ここは、月がよく見えるんですね」  自分を呼ぶ声に戻ってくると、憐は表の戸を僅かに開けて、そこにちょうどよくはまって見える月を眺めて言った。 「はい。とても綺麗に月の光が当たります。夜に灯り無しに佇む人の顔も時折見ることができるほど」 「なるほど」  憐はしばらく何も言わずに月を見つめていたから、私はその後ろで何も言えず、憐の着物の紋様の細かなものを、ひとつひとつ数えながら黙っていた。  それは何とも言えない、不思議な光景であった。 「日向さん」  月を見ていた憐が、小さく呟いてこちらを見た。私はそっと身体の向きを彼に変える。憐は何やらこちらをじぃっと見つめているようで、私は同じに何も言わず、ただそっと目を伏せていた。 「日向さんは」  そして、憐は言った。 「日向さんは、どうして私を顔を上げて見てはくださらないのです?」 「え?」 「私はあなたに会ってから、お顔をほとんど拝見しておりません」  月に照らされた憐は少し眉を下げて困ったかのように、そっと微笑んだ。私は横目でそれを見ていた。  
/75ページ

最初のコメントを投稿しよう!

169人が本棚に入れています
本棚に追加