5/12
前へ
/75ページ
次へ
  「なんかずっと泣いてんな、お嬢さんよ」  どれくらい経ったのかわからない。その声に顔をあげれば辺りは薄暗くなっていて、私は近付かれたことさえ気づかなかったその男を振り返った。  声はなんだか酔っているような、少し馬鹿にしたようにも聞こえるその声の主は、見ただけでいかにも浪人もどきという空気を纏った男だった。憐のような声に混じる強さや美しさはどこにもなく、細い目でなめるようにものを見る。その体はずいぶんと痩せていて、腰の刀がやけに大きく重そうに左にわずかに傾いでいた。 「何したんだよ、ん?」  そう言って、口の端を上げて笑う。馬鹿にしているようにしか見えない笑い方だった。 「申し訳ありません、こんなみっともないところをお見せして」  荷物を道の脇に引き寄せ、自分もずれて道を譲る。早く行ってほしかった。声などかけてほしくなんかなかった。  きっと、偉い振りをしたいだけなのだと思った。  静かに、ゆったりと被せるように私の瞼は閉じていて、ただ頭を下げていた。しばらく、しばらく。まったく、音もなく。  何故、この男は去らない?  
/75ページ

最初のコメントを投稿しよう!

169人が本棚に入れています
本棚に追加