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「なんかずっと泣いてんな、お嬢さんよ」
どれくらい経ったのかわからない。その声に顔をあげれば辺りは薄暗くなっていて、私は近付かれたことさえ気づかなかったその男を振り返った。
声はなんだか酔っているような、少し馬鹿にしたようにも聞こえるその声の主は、見ただけでいかにも浪人もどきという空気を纏った男だった。憐のような声に混じる強さや美しさはどこにもなく、細い目でなめるようにものを見る。その体はずいぶんと痩せていて、腰の刀がやけに大きく重そうに左にわずかに傾いでいた。
「何したんだよ、ん?」
そう言って、口の端を上げて笑う。馬鹿にしているようにしか見えない笑い方だった。
「申し訳ありません、こんなみっともないところをお見せして」
荷物を道の脇に引き寄せ、自分もずれて道を譲る。早く行ってほしかった。声などかけてほしくなんかなかった。
きっと、偉い振りをしたいだけなのだと思った。
静かに、ゆったりと被せるように私の瞼は閉じていて、ただ頭を下げていた。しばらく、しばらく。まったく、音もなく。
何故、この男は去らない?
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