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   もう何も、隠す必要もない。  私は浪人を見上げ、ただ見つめていた。男を、その顔を、その目を瞳に焼き付けるために。  夕刻の空をさらに薄暗くしていた雲が流れて、月が顔を出していた。 「……」  月明かりに明かされた私の顔に、浪人は焦りの表情を見せた。一歩、小さく後ずさる。ジャリ、と土が悲鳴をあげた。  私はゆっくりと立ち上がる。それにまた、男は一歩後ずさる。可笑しい。あれだけ気味の悪い笑みを浮かべていた口許が、歯を食い縛っている。  馬鹿みたいだ。斬り捨てればすぐにでも、私はただの肉に戻るほど弱いというのに。 「……何も知らずに、私を殺しに来たのですか」 「聞いてねえよ。ただ、あれを始末しろとしか」 「そうですか」 「鬼……そういうことかよ。あんた一体、なんなんだ」  私は、何か。  それを知っていたら、何か変わっていただろうか。  否。  私が何者であったとしても何も変わることなどない。  幼い頃、よく泣いた。何故、どうして、私だけ。  けれど、私を守ってくれたほんのわずかな人たちは、それに答えてくれることは決してなかった。  
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