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   灰色の瞳。母も、父も。こんなものなど持ってはいない。  生まれたそのときから私と家族を絶望に追い詰めた瞳。災いの現れと、周りから責められ、宥められ、私を部屋に閉じ込めた両親はどれだけ悲しかったろう。生まれてきた赤子を慈しむことさえできなかった彼らは、どれだけ辛かったろうか。  それでも私は座敷牢に放り込まれることも、捨てられることも、殺されることもされずに生き延びた。  それだけで、良かった。  薄皮一枚、裂けたのか。得物が当てられた顎の下に、じんわりとした痛みがあった。ほんの少しその切っ先に力を込めれば、私はいとも簡単にこの体から吹き飛んで消えてしまうということを、今更のように強烈に感じた。  嫌だ。  直感的な、動物的な衝動だった。  私は、逃げた。  身を引いたとき、刃が僅かに顎の下を滑り、血が流れているのがわかった。自分の逃げる足音だけが、がんがん頭の中で響いていた。着物の裾を、自分でも信じられない力で裂いていた。喉が何かを叫んでいた。  怖い。死にたくない。悲しい。痛い。辛い。  そんな声ばかりが頭の中で叫んでいて、私は狂いそうになる。  けれどいつまで経っても、足は止まろうとはしなかった。  
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