169人が本棚に入れています
本棚に追加
逃げられるはずがないことは、考えればわかるはずだった。女の足と男の足。刀。町から幾分離れた道。全てが絶望的だったのに、むしろつい今まで死ぬことに何の抵抗も感じていなかったのに、自分からより苦しい場所へ駆け込んでいるみたいだった。
すぐに大きな足音は後ろまで近付いてきて、私は身を捩りながらめちゃくちゃに叫んでいた。ただひたすらに元の道へ、誰かに突き刺すような声を上げて。私のものではないような、不気味な声だった。
刀を収めてしまったらしい浪人は、こちらも必死で力ずくだった。肩や腹を殴られて、その度に体は倒れそうになるのに、それでも私の足は逃げ続けた。
死にたくない。
ぐっと頭が後ろに引かれ、一瞬息ができなくなった。耳元で、鈍い嫌な音がする。喉が勝手に唸り声をあげた。
髪を、強い力で絡め取られていた。
「……手間かけさせるんじゃねえ」
「嫌、だ」
「黙りやがれ」
「嫌だあああぁっ!!」
叫ぶとさらに強く髪を引き上げられる。首を絞められたみたいに、息ができない。
目を開けているはずなのに、薄ぼんやりした靄がかかったみたいに見えた。一瞬、気を失ったのかもしれない。
ただ、首に誰かの手が乱暴に触れてきたことだけはわかった。
最初のコメントを投稿しよう!