4/9
169人が本棚に入れています
本棚に追加
/75ページ
   足が重い。いつものことなのに、もう何十回もしていることなのに、それでも怖くてたまらない。  空はだんだん暗くなって、私に目を留める人もいない。両手にはそれぞれに限界まで酒の入った樽。  私は、立ち止まった。  静かなこの通りに、ひとりぽつんと立っている。  数少ない道行く人は、俯く私を見るわけもない。  そのときだ。地面が一点、黒く滲んだ。それはやがて視界の中に三つ、十と増えていき、やがて大きな音をたてはじめる。  雨。  仕方なく、私は両手の樽を抱え直した。手拭いをその上からふわりと掛ける。  濡れてしまうのはもう仕方がなかった。走ってしまったら酒がこぼれてしまう。傘なんて持っていない。ただ、できるだけ早く酒を濡らさずに持ち帰らなければ。  遠くに並ぶ店や民家の軒下に、ちらほらと雨宿りをする人の姿が見えた。私はといえばそんなことをできるはずもなく、目の中にまで雨は打ちつけ、瞬きをするとそれは涙のように溢れる。  視界が歪む。  こうして雨の中を両手に荷物で歩いていると、いつもより何倍も道のりが長く思える。それは雨だけのせいでは決してなくて、いつも通りに起こった先ほどの出来事に呆れ、そして悲しいから。  自分自身が、情けないほどに惨めだった。  
/75ページ

最初のコメントを投稿しよう!