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足が重い。いつものことなのに、もう何十回もしていることなのに、それでも怖くてたまらない。
空はだんだん暗くなって、私に目を留める人もいない。両手にはそれぞれに限界まで酒の入った樽。
私は、立ち止まった。
静かなこの通りに、ひとりぽつんと立っている。
数少ない道行く人は、俯く私を見るわけもない。
そのときだ。地面が一点、黒く滲んだ。それはやがて視界の中に三つ、十と増えていき、やがて大きな音をたてはじめる。
雨。
仕方なく、私は両手の樽を抱え直した。手拭いをその上からふわりと掛ける。
濡れてしまうのはもう仕方がなかった。走ってしまったら酒がこぼれてしまう。傘なんて持っていない。ただ、できるだけ早く酒を濡らさずに持ち帰らなければ。
遠くに並ぶ店や民家の軒下に、ちらほらと雨宿りをする人の姿が見えた。私はといえばそんなことをできるはずもなく、目の中にまで雨は打ちつけ、瞬きをするとそれは涙のように溢れる。
視界が歪む。
こうして雨の中を両手に荷物で歩いていると、いつもより何倍も道のりが長く思える。それは雨だけのせいでは決してなくて、いつも通りに起こった先ほどの出来事に呆れ、そして悲しいから。
自分自身が、情けないほどに惨めだった。
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