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身に纏っているのは、覚えのない襦袢。私が自ら引き裂いてしまったであろう着物は、どこにいってしまったのか。
泥や血に汚れた私を、誰かが着替えさせてくれたのだろう。けれど、ここには誰もいない。
私は、どうすればよいのかわからない。
鏡の前で、それを覗き込む瞳。映り込んだその色は、灯の光の色と混ざり込んで得体の知れない輝きを放っている。
ここから出なければならない、帰らなければならないと思っても、着物もない今の格好で外に出ることすらできやしない。
ため息をついてそろりと立ち上がったとき、後ろからいきなり音がして首を竦めた。
「ああ、目が覚めたんですね」
予想に反して飛んできた声は、若い女のものだった。
「どこか痛くないです? できるだけお薬は塗らせていただいたんですけど」
「あの、ここは」
「朔野屋さんていうところです。こういうことには、遊女屋が一番」
「島原の、中……」
「そう」
ずいぶん長い間、私は眠っていたのか。いつのまにか、寝床に戻ってきていたとは。
「あなたは」
「ここの人間ですよ。安心してください」
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