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人通りが徐々に絶えた、雨が降る薄暗い小路。日が雲に隠されて、不気味な明るさを作る。黒髪の先から雫は一つ一つ落ちた。着物が濡れて、何倍にも体が重い。
道の大きな窪みが湛えた水を、通り際ちらりと覗き見る。先程降りだしたばかりなのに水が溜まっているのは、昨日も降った雨のせいに違いない。
私が、映る。
目をそらし、足を速めた。冷えた体を、さらに雨に打ち付けられて冷やされる。
雨が土を打った後の泥の匂いが鼻につく。それは汚いようで、だけど優しく懐かしい。
雨が鼻筋を通って、跳ねた。
私はもう一度、大分濡れてしまった酒樽を持ち直した。じんわりと木の持ち手に染み込んだ雨が滲んで、手のひらが逆に温かくなったかのようにも感じる。着物の裾は、もう絞れるほどに重い。
見上げた。雨粒がまるで私を突き放すかのように目を打つ。
消えればいいのに。
切に、願う。思う。
私はどうしてここにいる。どうして私が生まれ落ちた。
生きている。生きる術を持っている。ここに雨に打たれ立っている。
でも、私はまるで呼吸のできる濁った水の中に、浮かぶこともできず漂っているような、小さな絶望と諦めを持っていた。
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