5/9

169人が本棚に入れています
本棚に追加
/75ページ
   人通りが徐々に絶えた、雨が降る薄暗い小路。日が雲に隠されて、不気味な明るさを作る。黒髪の先から雫は一つ一つ落ちた。着物が濡れて、何倍にも体が重い。  道の大きな窪みが湛えた水を、通り際ちらりと覗き見る。先程降りだしたばかりなのに水が溜まっているのは、昨日も降った雨のせいに違いない。  私が、映る。  目をそらし、足を速めた。冷えた体を、さらに雨に打ち付けられて冷やされる。  雨が土を打った後の泥の匂いが鼻につく。それは汚いようで、だけど優しく懐かしい。  雨が鼻筋を通って、跳ねた。  私はもう一度、大分濡れてしまった酒樽を持ち直した。じんわりと木の持ち手に染み込んだ雨が滲んで、手のひらが逆に温かくなったかのようにも感じる。着物の裾は、もう絞れるほどに重い。  見上げた。雨粒がまるで私を突き放すかのように目を打つ。  消えればいいのに。  切に、願う。思う。  私はどうしてここにいる。どうして私が生まれ落ちた。  生きている。生きる術を持っている。ここに雨に打たれ立っている。  でも、私はまるで呼吸のできる濁った水の中に、浮かぶこともできず漂っているような、小さな絶望と諦めを持っていた。  
/75ページ

最初のコメントを投稿しよう!

169人が本棚に入れています
本棚に追加