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   雨が目尻を溢れてつぅっと落ちた。寒くて、熱くて、冷たい。立ち止まり、目を閉じてうっすら開けた唇に、雨はそれを裂いて割り込み、舌に絡まる。とろりと喉に流れ、私を内側から焼き始める。  ぱしゃん、と水溜まりを踏む鋭い音がした。  驚き目を開ければ、見えたのは帯刀が二本と高下駄。  酒樽を持ち上げ、慌てて道を譲る。その道を、男は静かに通りすぎて行く。そっとそちらを見ると、私の目よりも高い位置にある肩と広い背中が、暗い茶の傘の影から見えた。  ため息を漏らす。 「……女」  しかしその背中が私に言葉を発した。もう後ろ姿はだいぶ離れていたが、私に向けられた言葉はまるで、目の前で叫ばれたかのようにはっきりと届く。 「あまり雨に打たれるな。酒が不味くなる」  侍がこちらを振り返り言った。これだけ離れていても目の大きいとわかるその顔が、こちらをまっすぐ見ているのがわかった。雨が音をたてて降っているのに、その声はまっすぐ私に刺さる。  侍が、少し首を傾げた。  慌てて深々頭を下げて、私は走り出そうとする。 「待て!」  その声に体がビクリと震え、寒気が背中を走り抜けた。  
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