灰色

傘

　
　雨に濡れ湿った重い体に傘はありがたかったが、相手が侍の身分であったことはその姿が見えなくなっても私の肩を震わせていた。傘の滑らかな肌が、吸いつくように私の掌にあって、でも確かにそれは馴染まない。

　見られた。
　見られたかもしれない。

　その恐ろしさが、包んで包まれて、私を捕食してゆく。少しずつ、足の指のような体の端からじわじわと痛みながら。
　じっとりと重く温く気味が悪い、そして先程まではあんなに綺麗だったこの空間に、雨は未だに降り続けていた。私は突っ立ったままだった。
　何もわからない。でもどうしてなのか、傘の柄を離すこともできず、捨てることはできなかった。あの侍がどうしてこんな奉公人としか見えないみっともない女に、心を砕いたのかがわからなかった。

　ゆっくりと爪先が力を入れ、私は侍の背と逆方向に歩き出す。肘に差し込まれたその傘は、さすが男が使っていただけあって重くて大きい。こんな雨雲がずっしりと空を押し倒す日も、傘のこちら側には微かに透ける日の光がある。それはじきに本物の闇に取り込まれるだろう。

　私の足は、夜に追い付くために少しだけ速さを増した。