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「――ねえ、それ…」
耳を掠めた少し高い声が、俺に向けられているとわかるまで、しばらくかかった。
「DarlingDarlingDarling…」
聞きなれたメロディを口ずさむ声に、俺は反射的にふり返る。
視界に映ったのは、清潔なシャツにジーンズ、髪は高めに結っただけなのに、なぜだか品のある女。
「すごい!それ、日本では未発売でしょ?実物見たの、初めて」
本体は少しも美しくはないけれど、背中に「Beautiful boy」とプリントされたTシャツを、前から後ろからしげしげと眺め、目を輝かせてはにかむ表情が、罪なほど可愛らしい。
「知らね。欲しいならやるよ、それと交換で」
彼女が手に持っていたスタバのフラペチーノを指さして言うと、大きな目を見開いて、黙ってしまった。
「交換しなくていいよ、あげる」
なんの躊躇いもなくキャラメルフラペチーノを差し出し、
「この暑さだったら、グランデでもイケると思ったんだけど…」
不本意だ、というように肩をすくめ、俺の隣に座った。
吸い込まれそうな、深い褐色の瞳。
すべてのしがらみや不浄をも、たちどころに溶かしてしまいそうな、柔らかな眼差し。
見つめられて、一瞬息が止まる。
「これ……」
そいつは、自分の左胸の辺りを指さして、タンポポの綿毛みたいにふわふわほほ笑んだ。
シンプルで清楚なアイボリーのTシャツ、指さした先の左胸に、
「Yes」
とだけ書いてある。
目を凝らして見ないと、…そう、虫めがねが必要なほど控えめに。
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