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「ジョージの三番目の妻になるの」
馬鹿げた夢を語っては、上機嫌でワイングラスを傾けていた。
そのジョージが死んだ時は、ひと晩中泣き明かして、俺はどうしたらいいかわからずに、ただその背をさすることしかできなくて。
泣きすぎて、母親が死ぬんじゃないかと、俺も声を殺して泣いた。
翌朝には、泣き腫らした目をこすりながらニカッと笑い、
「大丈夫、わたしは不死身だもん。殺したって死なないわよ。あんたより長生きするかも」
そう笑っていた強い母親は、彼らの母国であるイギリスを旅した帰りの飛行機事故で、あっけなく死んだ。
数日後、航空便で届いた荷物の差出人欄に、もうこの世にいないはずの母の名が記してあった時、初めて涙が出た。
筆跡を指でなぞり、これを書いている母の子どもみたいな笑顔を思ったら、胸が詰まるほど苦しくて、冷たいダンボールを抱えて泣いた。
「Beautiful boy」
背中にそう印字されたTシャツを筆頭に、葉書なんか書きゃしないのに山のようなポストカード、ヨレヨレになったリバプールの地図、CD、書籍、マグカップ、果ては枕カバーまで…
箱いっぱいに、ビートルズが詰まってた。
メカ音痴の母は、未だに使い捨てカメラをご愛用。
フィルムは、現像できないままでいる。
ひとりで暮らすには広すぎる自宅と、一箱のダンボール、そして多額の保険金を残し、母は逝ってしまった。
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