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「……」
言い返す言葉がなくて、捜すために尋は黙り込んだ。
それを待つように、経も黙る。
やがて尋は、呟いた。
「……ありがと」
「っ!」
少しだけ赤みを帯びた頬に、ふてくされたような表情の尋。
経は思わずドキリとすらした。
そして同時に――………。
(駄目だ)
心に言い聞かせる。
駄目。駄目なんだ。
おまえは、番犬だろう?
「どういたしまして♪」
でも、笑った。
久しぶりに、心から。
「さて。じゃあ一緒に帰る? 俺、今日は連れに置いていかれたし」
「しょうがないから帰ってあげる」
「よし、決まり!」
帰り道で何を話したかなんて覚えていないくらいたわいのない話。
でも普通で、新鮮で。
何より、楽しかった。
番犬であることを忘れさせてくれるほど楽しいなんて、何年ぶりだろうか。
一方、尋も楽しかった。
経が何も言わずに止血をしてくれて、怒るわけでも否定したわけでもなかったからなのだろうが。
だが、一緒にいて楽しいなんて初めてで心から笑ったのも初めてだ。
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