第1章「猫」

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「……」  言い返す言葉がなくて、捜すために尋は黙り込んだ。  それを待つように、経も黙る。  やがて尋は、呟いた。 「……ありがと」 「っ!」  少しだけ赤みを帯びた頬に、ふてくされたような表情の尋。  経は思わずドキリとすらした。  そして同時に――………。 (駄目だ)  心に言い聞かせる。  駄目。駄目なんだ。  おまえは、番犬だろう? 「どういたしまして♪」  でも、笑った。  久しぶりに、心から。 「さて。じゃあ一緒に帰る? 俺、今日は連れに置いていかれたし」 「しょうがないから帰ってあげる」 「よし、決まり!」  帰り道で何を話したかなんて覚えていないくらいたわいのない話。  でも普通で、新鮮で。  何より、楽しかった。  番犬であることを忘れさせてくれるほど楽しいなんて、何年ぶりだろうか。  一方、尋も楽しかった。  経が何も言わずに止血をしてくれて、怒るわけでも否定したわけでもなかったからなのだろうが。  だが、一緒にいて楽しいなんて初めてで心から笑ったのも初めてだ。  
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