プロローグ

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例えば―――こんな昼下がり。 透き通るような蒼穹がどこまでも青く広がっている。 白いペンキを垂らしたような雲が絶えず移動し、そのときそのときで違ったコントラストを見せていた。 まさしく「変化し続ける芸術品」を眺めながらも、微かに俺の耳に届くのは流麗なフルートの旋律だ。それに助長するように澄み渡っていく弦楽四重奏が、俺にの耳に確かな癒しを与えている。 リズミカルかつ印象的な、恐らくどこの教育機関の音楽の授業の号令で使われるハ長調の三和音。それに連なるようにして、フルートと四重弦楽の繊細な音色が静かに轟く。 ―――ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト作曲『フルートと管弦楽のためのアンダンテ ハ長調 K.315』。 母と共に訪れたマンハイムでモーツァルトが出会ったオランダの大商人ドゥジャンに依頼されて作曲した2つの協奏曲の1つ、『フルート協奏曲第1番』。 本来の第2楽章(アダージョ)を嫌った彼のために、第2楽章の代替楽章として作曲したとされる曲。 自分よりも遥か昔に生きた人物の著作が今、俺の耳元で、ウォークマンという現代の文明によって、現代を生きる名指揮者、名奏者たちの腕により、「再演」されている。
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