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―――山だ。
折り重なるようにして築き上げられた、ヒトの山。
意識が完全に消失しているのか、ぴくりとも動かないそれ。学年もクラスも、場合によって学校すら違う者もいる。共通点といえば、どれもが柄の悪そうな、あるいは頭の悪そうな頭や服装をしていることだろうか。
端からみれば死んでいるようにも見えるそれら。文字通り死屍累々の光景の中、イヤフォンから流れるフルートのソロが終わり、優しく弦楽四重奏が重なり合った。あまりにもこの場にそぐわないBGMである。
やりきれずに俺は「人山」から視線を逸らして、再び寝転がった。フルートと管弦楽の調べに身を任せつつ、学ランの胸ポケットからタバコを取り出して口に咥える。ジッポライターで火をつけて一服。ちなみにタバコもライターも、元の持ち主は今背後の山の中で伸びている。顔は忘れたが。
まただ、またやっちまった。肺の中を循環していた毒煙を、ため息と共に吐き出す。ため息は灰色の煙となって虚空を漂い、風に流されていった。こんなことはもうやめよう。そう決めたのに。
後悔が募る中、風に流されていく灰煙と澄み渡る蒼穹と流れる雲をぼんやり眺め、そして耳元で響るモーツァルトに耳を傾ける。これが唯一自分にとって落ち着ける至福の時間だ。
しばらく俺はそのまま、ぼんやりと芸術に身を預けていた。やがて曲も終盤に差し掛かった、そのとき。
旋律の端に、1つの雑音が紛れ込んだ。
「―――タバコって、美味しいんですか?」
その雑音は、少女の声だった。
唐突の問いに、思わず身体を起こす。そして振り返る。そこにいたのは―――
「こんにちは」
少女はそう言って頭を下げた。そして、俺はそれに気がつく。
―――金髪。陽光に照らされたそれはまるで宝石のような輝きを持ち、あたかも少女に後光が差しているように見えなくもない。そして、その顔には覚えがあった。俺とはまったく正反対の少女。"天使"と呼ばれるそいつ。
"天使"は俺の顔を見やって悠然と微笑むと、言った。
俺の―――今後の日常を変える一言を。すべての始まりとなった言葉を。
「わたしと―――手を組みませんか?」
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