プロローグ

4/4
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ
―――山だ。 折り重なるようにして築き上げられた、ヒトの山。 意識が完全に消失しているのか、ぴくりとも動かないそれ。学年もクラスも、場合によって学校すら違う者もいる。共通点といえば、どれもが柄の悪そうな、あるいは頭の悪そうな頭や服装をしていることだろうか。 端からみれば死んでいるようにも見えるそれら。文字通り死屍累々の光景の中、イヤフォンから流れるフルートのソロが終わり、優しく弦楽四重奏が重なり合った。あまりにもこの場にそぐわないBGMである。 やりきれずに俺は「人山」から視線を逸らして、再び寝転がった。フルートと管弦楽の調べに身を任せつつ、学ランの胸ポケットからタバコを取り出して口に咥える。ジッポライターで火をつけて一服。ちなみにタバコもライターも、元の持ち主は今背後の山の中で伸びている。顔は忘れたが。 まただ、またやっちまった。肺の中を循環していた毒煙を、ため息と共に吐き出す。ため息は灰色の煙となって虚空を漂い、風に流されていった。こんなことはもうやめよう。そう決めたのに。 後悔が募る中、風に流されていく灰煙と澄み渡る蒼穹と流れる雲をぼんやり眺め、そして耳元で響るモーツァルトに耳を傾ける。これが唯一自分にとって落ち着ける至福の時間だ。 しばらく俺はそのまま、ぼんやりと芸術に身を預けていた。やがて曲も終盤に差し掛かった、そのとき。 旋律の端に、1つの雑音が紛れ込んだ。 「―――タバコって、美味しいんですか?」 その雑音は、少女の声だった。 唐突の問いに、思わず身体を起こす。そして振り返る。そこにいたのは――― 「こんにちは」 少女はそう言って頭を下げた。そして、俺はそれに気がつく。 ―――金髪。陽光に照らされたそれはまるで宝石のような輝きを持ち、あたかも少女に後光が差しているように見えなくもない。そして、その顔には覚えがあった。俺とはまったく正反対の少女。"天使"と呼ばれるそいつ。 "天使"は俺の顔を見やって悠然と微笑むと、言った。 俺の―――今後の日常を変える一言を。すべての始まりとなった言葉を。 「わたしと―――手を組みませんか?」
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!