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「話って何だ」
智夜は面倒そうにしながらも自分の後ろをついてくる太一に問い掛けた。
人気のない校舎に二人の足音だけが、やけに大きく響いている気がして落ち着かない。
その空間が何とも言えず、智夜は溜め息を落とした。
仕方なく智夜が足を止め振り返ると、太一も同じように足を止める。
「実波のこと傷つけたら許さない」
「はあ?」
無機質な声に貼り付けた笑顔。
智夜は目の前にいる太一が、まるで人形のように見えた。
恐らく体格も力も智夜の方が太一に勝っているだろう。
しかし、どんな不良を相手にするよりも不気味で怖いとさえ思ってしまった。
そこに見えない執着があるからなのか。
「……お前は、八塚実波の何なんだよ」
睨み付け言葉を吐き捨てる智夜を前にしても、太一は表情を崩さない。
どんな関係があったとしても、訳の分からない敵意を太一に向けられる謂れはないはずだ。
実波を傷つけるつもりもなければ、拒絶されたのに自分から近づいたという訳でもない。
それは実波も分かっているだろう。
ただ、少しだけ自分に向けられた言葉を信じてみたくなってしまった。
それだけの話だ。
「俺は実波の家族になりたいと思ってる。一応、彼氏でもあるし」
迷いなく言った太一に智夜は僅かに目を見開く。
恋情からくる執着にしてはほの暗い。
それに太一自身も気づいているはずだ。
あの作り物の笑顔で一体何を隠そうとしているのか。
無関係である人間が考えるだけ無駄なことなのだろうと、智夜は溜め息を吐き出した。
太一の抱えている得たいの知れない感情は全く理解出来ないが、悪い人間ではないと思う。
自分に向けられている敵意にも似た感情は、決して悪意とは違った。
何度も向けられた悪意は、もっと冷たく痛いことを智夜は知っている。
太一は実波を守りたいだけなのだろうと察しはついた。
それが正しいやり方なのかは別として。
「はっ、意味のない恋愛ごっこかよ」
「それでもいい。実波が生きることを選んでくれるなら、俺は枷にでもなるって決めたんだ」
「……歪んでんな」
一瞬だけ太一の瞳が悲しげに翳る。
今まで完璧だった表情が崩れた太一を見ながら、智夜はどこか安堵した。
やはり目の前の人間は自分を攻撃したい訳ではないのだろうと。
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