きみのとなり

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きみのとなり

 家に帰ったのは、まだ星が散らついている頃だった。  あんなに、あの男は弱かっただろうか。男の人の泣く姿を、初めて間近に見て触れた。それもただの男じゃない、相手は敦だ。  再起動した私の感情にコントロールが効かない。明日からまた、もどかしい毎日が始まるんだろう。  そう考えると眠れずに、必然的に思い返すのは先程のこと。  そこまで好きだったという証なんだろう。敦の一途さを知っているから余計に、じくじくと胸が痛む。それもまた次第に喜びに変わることを、私は知ってる。  敦を抱き締めた感触が、この腕にまだ残ってる。顔が火照り、どこかに隠れていた恥が顔を出す。  離れないで。  囁くような掠れたあの低音が、私の耳に胸に、響いて止まない。 「よう」  次の日、いつも通りの時間に奴はやって来た。おかげさまで完全な徹夜となった私は、久しぶりに目の下のクマと再会した。 「よ。今日、来ないかと思った」  いつも通りに答える私。若干、敦のまぶたに腫れがある。それにはあえて触れないでおこう。 「今度無断で休んだらクビなんだよ」  そうなんだと軽く流す。訪れる沈黙に、ストーブの音は心地よく響く。 「昨日ごめんな」 「何が」 「昨日の」 「だから何が」  温かいミルクティを口に含む。謝られる理由はない。私は得と弱みを得たんだから。 「その、取り乱しまして」  思わず吹き出してしまった。そっぽを向く敦の耳は赤く染まって、それがまた可愛かった。 「なんだよ! 笑うな!」 「いや、可愛かったなぁと思ってさ」 「馬っ鹿おまえ! 内緒だぞ!」  驚くほどいつも通りだった。それがどこが辛くもあり。傷心の敦を見て過ごすのは、正直堪える。 「――茜」  肘を付いて壁を眺める敦の口から続きが出てくるまでに、時計の針がカチっと動いた。 「……ありがと、な」  照れた横顔が、私の胸に染み渡る。煩い心臓を抑える術を、残念ながら私は知らない。嬉しくも悲しくも、変わらない日々がまた始まる。 「敦」  今更照れ隠しなのか、横目で私を捕らえる。 「なんだよ」  ふてくされたように眉を寄せるその仕草も愛おしい。  敦、私はね。 「しょうがないから、あんたのとなりにいてやるわよ」  悪戯に笑ってみせる。  この関係が好き。それにまだ時期じゃない。一度萎んだ恋の蕾は、暖かな季節に開くのだ。  春は、もうすぐやってくる。
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