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きみのせなか
「浮気してるのかもしんない」
真新しいペットボトルを機械に詰めながら、隣で敦が呟いた。
「誰が」
黒目が行き場を探したのはほんの一瞬、私は屈んで同じ作業をこなしながら、敦を見ずに問い返した。
「彼女」
低い機械音が流れる。ペットボトルはカシャカシャと音を出して、綺麗に整列していく。
それに紛れ、小さく息が漏れた。
「昨日他の男と歩いてたの、クラスの奴が見たって。別れたのかって冷やかされた。俺ら昨日記念日でさ、急用できたって言われて会えなかったんだ」
いつもとは違う、真剣な話をする時の落ち着いた話し方。敦からは、彼女の自慢話しか聞いたことがない。
「彼女さんに確認したの?」
敦のトーンに合わせて話す。今、この場所には私たち二人だけ。誰かに聞かれる心配はないし、聞かれたところで私語を注意されるわけでもないけれど。
「そんなの、怖くてできねぇよ」
今にも泣きだしそうな声は、普段の敦からは想像もできないほど。自信たっぷりに胸を張る敦の背は今日に限って僅かに丸まり、肩は弱々しく下がっている。
事実だとしたら、別れるんだろうか。
「よし、終わり」
敦は一足先にペットボトルを詰め終え、空箱を持って私に背を向ける。
「敦」
名を呼んで後悔した。忘れていたはずの汚い私が顔を出して、ペットボトルを持つ手に力がはいる。
「んー?」
間の抜けた返事をして振り返る敦の笑顔が、今にも萎れてしまいそうで胸が痛んだ。喉元まで出掛かった言葉に躊躇し、それでも声帯に送る。
「……私も、見たんだ。少し前に」
敦の目が微かに揺らいだ。そして暫しの沈黙から這い出そうとするかのように、そっかと目を伏せて笑う。
「ありがとな」
そう言って出ていった敦の背中に、心が痛んだ。
言わなくてもいいこと。余計なこと。それでも今まで隠していたのは、淳があんまり彼女のことを嬉しそうに話すから。彼女を信じて、疑わないから。
馬鹿みたいだ。
あの日あの場面に遭遇した時の怒りが、今になって噴き出してくる。あんな女となんて早く別れてしまえばよかったんだ。私が早く教えてあげていれば、敦だって、やり返してやることだってできたんだ。男のところに殴り込みに行くことだって。
あんなに悲しく笑うくらいなら、泣いてしまえばいいんだ。
そうすれば私が、慰めるのに。
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