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「やっぱり……私が悪かったのかな?」
彼は「そんなことない」と慰めてくれたが私の目にはだんだん涙が溢れていた。
「やっぱり私のせいよ……ウエディングドレスなんか着るんじゃなかった」
「そんなことないって、綺麗じゃないか」
「嘘よ! みんな笑ってたわ」
私は声を荒げた。
辛くて悲しくて、なにより情けなかったからだ。
「私が……私が孫の結婚式にウエディングドレスなんか着て行かなければ、入刀前のケーキを食べてしまわなければ、他人のシャンパンの中に入れ歯を入れなければ、三つの袋で下ネタを言わなければ……」
まだまだあったが私は悲しくて言葉に出来なかった。というか覚えていなかった。
今年の夏で喜寿を迎える私がどうしてドレスを着ているのかも忘れたし、この男性が誰なのかもわからない。
というか自分の名前さえもわからない。
私はどうしてここにいるんだろう?
片足の裾に藻を付けた男に手を引かれている――誘拐!?
私はとっさに男を荒れ狂う海へ突き落とした。
光を閉ざされた海――
心を閉ざした私――
ただ、墨汁のように真っ黒な海の上、彼のズボンのチャックだけが――開いていた。
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