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~瀕死~
光の当たらない深い深い木陰で、大樹に力なくもたれかかり、座り込む。
……とんだヘマをしてしまった。
もう、陽は高く昇っている。
――昨夜の獲物は、上玉だった。
国で一番美しいとまで謳われたその女は、修道院で孤児の面倒を見る非常に正義感の強い人間だったらしいが、その生き血は……確かに格別なモノだった。
らしくなく夢中になり、その結果が……これだ。
女ははじめから俺と刺し違えるつもりだったらしく、一番鶏が鳴いた直後に、枕元から取り出した十字架を俺に突き付けた。
――我々吸血鬼が、十字架に弱いなどというでたらめをいつ、誰が広めたのかは知れない。
所詮、それは我々を恐れる余り、人間共が勝手に作り出した気休めでしかないというのに……。
――お前は、まんまとハメられたのだ――
死にかけでありながら、女の目が勝ち誇ったように笑っていたのに腹が立ち、女の首を噛み切ってやった。
苦悶と絶望で歪んだその表情は、傑作だった。
――しかし、東の空はすでに白んでいた。
十字架やにんにくはでたらめでしかなかったが、太陽に弱いというのは真実だ。
オレは窓から外に飛び出すと姿をコウモリへと変え、全速力で城へ戻ろうとした。
しかし、上空を舞っていたオレの体を朝日が貫き、変身は解け、オレは地上へと堕ちた。
そして……気が付いた時にはもう、あの忌ま忌ましい太陽は我が物顔で空にのさばっていた。
幸い、墜ちたのは木が生い茂り、光が容易に侵入出来ない深い森の中。
死だけはなんとか免れたが、身体は石のように重く、明らかに弱っていた。
俺は少しでも陽の当たらない所を探して木陰の中を彷徨ったが、とうとう力尽き……このザマだ。
ほんの一瞬、直に陽の光を浴びただけなのに、昨夜蓄えた養分はほとんど全て奪われてしまったようだ。
……そして今も尚、衰弱は着々と続いている。
太陽が空にいる間は、完全に逃れる術など地上にはない。
俺は死さえも覚悟した。
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