this illusion

1/12
前へ
/12ページ
次へ

this illusion

七月も半ばを迎えようというのに、街は冷え込んでいた。 時刻は丁度、日付が変わろうかというころ合い。 風は冷たく、夜は鋭かった。 中心街ならばともかく、この旧市街地の路地には暗がりを照す魔術灯の明かりも無く、夜はより一層鋭さを増し人々に食いかかる。 そんな冷たい景色の中、少女は血のような朱色の髪を風に遊ばせ、一人微笑んでいた。 背後には十年ほど前に主を亡くした伽藍洞の──古びた屋敷がそびえ立つ。 Die Blumelein sie schlafen schon langst im Mondenschein, sie nicken mit den Kopfen auf ihren Stengelein. 風に乗り少女を包む歌は、今は亡き伽藍の主から送られた彼女のためだけの独唱。 その悲(うつく)しい音色に後ろ髪を惹かれつつも、人が居ない路地を少女は自宅に向けゆっくりと歩き出した。 Es ruttelt sich der Blutenbaum, es sauselt wie im Traum: Schlafe, schlafe, schlaf du, mein Kindelein... 旋律は石造りの路地に響く事もなく、ただ闇に溶け、いつもより色濃い黒に塗りつぶされていく。image=260945920.jpg
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加