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this illusion
七月も半ばを迎えようというのに、街は冷え込んでいた。
時刻は丁度、日付が変わろうかというころ合い。
風は冷たく、夜は鋭かった。
中心街ならばともかく、この旧市街地の路地には暗がりを照す魔術灯の明かりも無く、夜はより一層鋭さを増し人々に食いかかる。
そんな冷たい景色の中、少女は血のような朱色の髪を風に遊ばせ、一人微笑んでいた。
背後には十年ほど前に主を亡くした伽藍洞の──古びた屋敷がそびえ立つ。
Die Blumelein sie schlafen
schon langst im Mondenschein,
sie nicken mit den Kopfen
auf ihren Stengelein.
風に乗り少女を包む歌は、今は亡き伽藍の主から送られた彼女のためだけの独唱。
その悲(うつく)しい音色に後ろ髪を惹かれつつも、人が居ない路地を少女は自宅に向けゆっくりと歩き出した。
Es ruttelt sich der Blutenbaum,
es sauselt wie im Traum:
Schlafe, schlafe, schlaf du, mein Kindelein...
旋律は石造りの路地に響く事もなく、ただ闇に溶け、いつもより色濃い黒に塗りつぶされていく。
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