序章 偶然か否か

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  「はぁ?逃げてた?」 ようやく笑うのを止めた久遠によると、逃げてたら此処に着いた、だそうだ。思わず聞き返すと、そうそう、とにっこり微笑まれてしまった。 「ちょっとだけ遊んでたら……ね」 「……………」 とてつもなく嬉しそうにしているのがわかって、思わず間抜け面を晒してしまう。その遊びが楽しかったのか、それとも逃げるのが楽しかったのか俺には到底理解出来ない――というかしたくない。 「いやぁ、あそこまで必死にする人初めて見たよ」 人に何かしたのか!そして何をしたんだどうやって必死にさせたんだおまえは何故そうも嬉しそうなんだ!!! 思わず叫びそうになって、危ない危ないと息を吐く。此処は図書館、図書館なんだから。 「そうかそうか、じゃあな」 ちらりと館内の時計を見れば、着いてから二時間程経っている計算になる。これ以上久遠に構って話し込んでは時間がなくなる。元々、久遠が話しかけてきたのだから、別にもう本に向かってもいいだろう。 そんな事を考えていて、今日は気温がかなり高いだとか、逃げるには走らなければいけないだとか、久遠が全く汗をかいていないだとか。そういう事に気が付かなかった。 小さく唸り、久遠は呟く。 「ひっどいなぁ、見た目は不良くん。少しくらい聞いてくれたっていいでしょ?」 「何を」 「誰に何をどんな風にして、どんな結果になったのか、…とか」 それを聞いて、鼻で笑う。へらへらと笑う久遠に、一切の真剣味はない。ただ、少しの期待が込められている気がした。 「おまえが何かをして逃げたという結果さえありゃ十分だろ」 ぱちくりと音が聞こえそうな程目を見開いて瞬きする久遠は、少し眉を寄せてまあねと応えた。内容を聞いて欲しかったのだろうけど、生憎俺は聖人君子ではない。 「逃げるのが趣味だからって、ほどほどにしとけよ」 再びじゃあなと言って久遠から目を反らし、机の上にある三冊の本を見る。突然の久遠の登場に驚き、反射的に閉じたため三冊の一番上は「死者に祈りを」であった。 まだ久遠がいる状態では何故だか開きたくなくて、下に重ねていた「時間の概念」とやらを開く。目次に目を通すことなく本文を読もうとしたその時。 「ねえ、どうしてあの本は検索しても見付からないんだろうねぇ?」 聞こえた声は、久遠とは似ても似つかない声。勢いよく振り返った先には、誰もいなかった。  
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