序章 偶然か否か

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  先程のことは既に忘却の彼方へと飛んでしまったかのように爽やかな笑顔を送られて、そう言えば今日は自分の番だったかと思い出す。 所謂単身赴任。それが、俺の場合は母の現状に当てはまる。俺が物心つく前から居なかった父の写真を手に、母は姉に俺を任せ此の地を離れた。 なんでも、あの人のいた場所から離れて、帰ってこれないなんて嫌だもの。だそうだ。当時大学二年生だった姉と中学三年生だった俺は、特に反論することもなく了承した。わざわざ友人と離れたいとも思わなかったし、何より住み慣れた家から出るのも、母の心からの言葉を無下にするのも嫌だったから。 『いいよ。私達はもうそこまで子供じゃないしね。もし母さんが体調崩したりなんかしたら、幾ら仕事でも戻ってきてもらうけど』 いたずらっ子みたいな、姉には似合わない笑顔で母の肩を叩くその姿は、無理をしているようにしか見えなかった。元々、姉は母に親愛や尊敬などといった言葉では表せない程の情を持っていた。父がいなくなった時には既に、『なくなる』ことの意味を理解していたからかもしれない。 兎に角姉の母を想う気持ちは本当だったから、母も頷き頭を撫でるだけであった。 急な転勤だったらしいそれを、しっかり家族と話したいからと引き延ばしていた母は、慌ただしく家を出ていった。それからもう、二年が経つ。 時折大丈夫か、などの連絡を取り合っているのは見ているが、余程忙しいのか『家』に帰ってきたのは片手で足りる程だ。 と、そこまで考えた時にふと鼻についた臭いに、うん?と首を傾げる。懐かしい事を思い出していたせいか、少しの間思考の渦に呑まれていたようだ。 頭を振り、自分に溜め息を一つ。 目の前の卵焼きは、こんがりとした焦げ目をつけていた。 二人暮らしをするにあたって、殆ど金銭面に問題はなかった。母から月々に仕送りがあるのと、姉がアルバイトをしているおかげだ。残念ながら俺の通う学校はアルバイトを全面的に禁止している。中高一貫だから、とかそんな理由だったはずだ。 姉のバイト代だけでは二人が生活するのに足りないから、母に仕送りがなくても大丈夫だと言えない。だからせめて、節約して出費を抑えようということで、まず目をつけたのが料理だった。 外食やコンビニ食といった料理では、どれほどお金があろうと容易く底をつく。なにより、栄養面に問題が有りすぎる。  
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