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しっかりと器を空にしてから口を拭き、手を合わせごちそうさまと言う姉にお粗末様でしたと返し席を立つ。
「あら、もう行くの?」
その台詞の言外にこめられた、半強制的な意思に苦笑し、帰ってきてから洗うよと応える。底にこびりついた米の粘着質は水に浸けておいた方が何倍も洗いやすいのもあるが、一番の理由は単純に行きたい場所があるから。
本来なら昼食を作り、食べる時間さえ煩わしかったのだが、だからといって食べないでいるのも辛い。致し方ないというやつだ。
「別にアイスは今すぐってわけじゃなくても…いいよな?」
今度は姉が俺の言葉に込められた意味を察知したか、口端を下げムッとした表情を作るが、それは形だけのようで言葉は存外優しいものだった。
「また行くの?…あんたも見掛けと違って結構真面目よねぇ」
「何を。俺は見掛けも真面目そうだろ」
「鏡とにらめっこしてからなら、幾らでも聞いてあげるわ。――私も今から急にシフト入っちゃってね。多分夕方には帰ってくるから」
それまでによろしく、と笑う姉はいつの間にか肩から掛ける鞄を膝の上に置いている。最近多いな、と呟く俺に姉は曖昧に笑って返した。
姉のアルバイトがどういったものなのかは、聞いたことがない。別にそれほど興味は無かったし、姉も特に必要ないと思ったのか、「時間に融通がきく、給料がいい所」とだけ言っていた。
だが此処最近、同僚が怪我をしたらしくあまり休む暇は無いようだった。故に大学が休みであるこの時期も、姉は何かと忙しそうにしている。
(……歯痒いな)
自分は、何も出来ない。幾らご飯を作っても、それに必要なのはお金だ。母からの仕送りもなかなかの金額であるが、姉が仕事で得た給金はそれに近いものがあった。
それがもし、無理をして得たものなら。
自分は姉を怒鳴り散らすだろう。そして、自分は何をしているんだ、と後悔するだろう。
(醜い。嗚呼、なんてみにくい)
出来ないからとしない俺を、姉は決して責めない。まだあんたは若いから、と。
「……まだまだ餓鬼なんだな、俺は」
ちらりと視線を感じた気がしたけれど、俺は何も言わずにキッチンを出た。そのまま玄関までの廊下を行く俺の後ろからぺたぺたと小さな足音がして、パッと後ろを見る。
裸足にジーパン、ゆるゆるのTシャツを着た姉は"無邪気に"笑いながら行ってらっしゃいと告げる。
それに苦笑し、玄関の扉を押し開けた。
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