夏物語

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 売り言葉に買い言葉。俺は二の口が言えなくなってしまう。    この屈託のない笑顔で語りかけてきた彼女は、一カ月半前に出会ったばかりだ。  名前を失念してしまっているらしいが、それにはちゃんとした理由がある。  それにしても、俺が来るまで坂道で待っててくれたらしく、彼女の体も汗でびっしょりだ。なかなかどうして可愛い奴だと俺は思う。   「じゃさ、行こ。片桐」   「うわ、くっつくな! 暑苦しいだろか!」   「やーだよ、行くよ片桐」    彼女は俺に無理やり腕組みして歩き出した。  正直暑苦しいというよりも、なんか恥ずかしい。  いや、それ以前に、こう、多分彼女は無意識なのだろうが、腕にその豊満な胸がふよふよと当たってくるのだ。  俺は顔を赤くしてうつむいた。    ああ、それだけの描写ならなんとも素晴らしい光景だろうと思う。  女の子とこういった風に登校するなんて全国のモテない男の子の憧れではなかろうか。    しかし、悲しいかな。惜しむらくはただ一つ。    彼女には下半身が存在しないのだ。    ちょうど下腹部から下は引きちぎられており、断面からは溢れんばかりの腸が飛び出している。    便宜上の呼び方だが、彼女はいわゆる、妖怪てけてけなのだ。
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