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「ハイ。楽譜を配ります。」
一志は音楽室でいつも通り淡々と授業を始める。
「これは、星の界という歌です。ホシノカイと読みたくなるところですが、…ホシノヨです。」
「先生。」
一人の生徒が挙手をして発言権を求める。
学年トップのインテリ。
サッカー好きそうな名前なのに。
授業のミスを的確に指摘するこの子に一志は苦手意識を持っていた。
一志は内心動揺しながら生徒を指す。
「ハイ。若林君。」
「これって、いつくしみ深きじゃないんですか?」
「…若林君、楽譜読めるの?」
「ハイ。一応。ピアニスト目指してるので。」
「え。そうなの?」
夢は六大学とか思っていそうなのにピアニスト…。更に自分の夢を堂々と冷静に明かす若林君に、一志は驚きを隠しきれなくなる。
「先生知らないの~?若林スゲー上手いよ。」
クラスのリーダー的存在の生徒、田上君を皮切りに皆ブーブー言い始める。
「だって先生、今年から君達の担任になったばかりじゃん…。」
「言い訳~。」
田上君はよく一志に突っ込みを入れる。お陰でこちらも発言しやすい。
「そういう事は早く言ってください。今まで先生の下手な伴奏を…皆さんよく耐えてくれました。」
ガックリ来る。
今までのピアノの練習時間を返して欲しい…。
「若林君。これからの伴奏お願いしてもいいですか?」
「嫌です。」
若林君にスパッと切られる。
「ハイ?」
「僕、歌うのも好きなので。」
もう…、淡い期待を返してくれっ。色々返してくれっ!
「えーっと。じゃ、先生頑張ります。」
「頑張れ~。」
田上君が可笑しそうにして声を掛ける。
「ハイ。では、若林君が言った、いつくしみ深きという歌を知ってる人、挙手をしてください。」
ちらほら手が挙がる。
「では、歌える人。」
挙がった手はそのまま。何故か、更に手が挙がるのが小学生の不思議。
「んー。知らないけど歌える人がいるようですね。奇跡です。」
クスクスと笑いが聞こえる。
「それでは今、手を挙げてない人達に歌ってくれる人。」
さぁーっと全ての手が降ろされる。
「ハイ。皆さんが恥ずかしがり屋さんだということだけは分かりました。ありがとう。それでは、仕方ないので、恥ずかしいとか言ってられないいい年の先生が歌います。知っていると思いますが、先生は音痴ですので、不満を洩らさず、耐えてください。」
「はーい。」
いつくしみ深き 友なるイエスは
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