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「ハイ。静かに。感想文と言っても気を負わなくていいです。国語の授業ではありませんのでね。歌を聞いて、歌って感じたことをそのまま書いて欲しいんです。」
「えー…。」
「ま。まずは歌いましょうか。」
「先生。」
若林君…。
「ハイ。」
「質問です。僕達、いつくしみ深きのほうが耳慣れていて、歌いやすいと思うんですが、何故星の界なんですか?星の界に何か思い入れがあるのなら教えてください。」
一志は戸惑う。
直球に掘り下げられた。
若林君は多分、他人の内側を見るのが好きなタイプだ。と、一志に親近感と同族嫌悪が湧く。
そんな子供は、大人に好かれないんだぞ?
心配になる。
「先生はどちらの歌にも思い入れがあります。が…。その話、ノロケになるんですが、よろしいんでしょうか?」
「えっと。」
若林君は時計を見る。
「三分間で。」
時間配分を生徒が気にしてくれる授業って…。
「では。遠慮無く。星の界については今言った通り、後で皆さんに感想文を書いて貰うので、余計な先入観を与えて皆さんの感じることに水を差したくありません。したがって、感想文が終わってから話させて頂くとしたいと思います。で、いつくしみ深き。これは先生が、奥さんとやっぱり結婚したいって強く認識した歌です。えー、友達の結婚式で参列者皆で歌ったのですが、全校集会の校歌斉唱のような感じでね。参列席に先生と奥さんはまだ友達として、並んでいました。隣にね。」
一志は自分の右側を指し、その空間をじっと見つめて話す。
「…隣の、彼女の声だけが先生には聴こえていました。」
一志の声の感じが優しくなり、生徒はジッと耳を傾ける。
「彼女の声は優しく響いて、透き通った真っ直ぐな歌声で…。愛しくて仕方なかった。愛が溢れて、触れたくて、そこで初めて手を繋ぎました。」
話ながら思い出して、彼女が恋しくなり浸る。
生徒達は静かに、一志を見る。
一志が気付くまで音楽室は静まり返る。
「あれ?何?何か、引いてる?」
「あれじゃねぇよっ。メチャクチャ恥ずかしいんだけど!」
田上君が恥ずかしいのを隠して必死で叫ぶ。
「先生!友達だったのに手、繋いじゃったの!?」
夏川さんが興味津々。前のめりに聞いてくる。
「えっ、いいじゃん。ダメ?」
「ダメじゃん!」
何だか全員に責められる。
「友達はダメだよ!」
「先生それチカンだよ!」
ヒドイ言われようにカチンと来る。
「だぁっ!ハイ!静かにっ!」
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