おかえり

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一志は泣きそうになる。 「…愛してる…。」 溢れるのはそればかり。 「ママの居ない間、どうだった?」 奈央は子供部屋で、蓮とモモと横になりながら聞く。 「いい子だったよ。」 蓮が布団で顔を隠して答える。 「…。本当にぃ?」 「お兄ちゃんイッパイ泣いたよ。」 「モモッ。」 正直に答えるモモに蓮は顔を出して怒る。 「モモも、パパも。イッパイ、ギュウしたの。」 「そっか…ゴメンね…?」 奈央は切なく、微笑む。 「パパね、お歌、歌ってくれたの。」 「へぇ…。何歌ってくれたの?」 「んーと…キュウリの歌。」 「モモ、キュウリ嫌いなのに?」 「違うよ!星の歌だよ!」 蓮が奈央の顔を自分に向けて必死に言う。 「星?きらきら星?」 「ううん。ママが歌ってる歌。」 「……。星の界…?」 母親の出したタイトルにピンと来ず、蓮は首を傾げる。 「ママ、歌って?」 「えー?」 「歌って!」 一志はリビングのソファに膝を抱えて座る。 奈央の歌声が遠くで聞こえる。 あぁ、いつくしみ深きの楽譜、コピーしなきゃ…。 いや、後でいいな、それは。月曜日で。 もう…二度と聞けない声…。 ボーッとしていると、奈央が子供部屋から戻ってくる。 「…二人とも寝たの?」 「うん。」 「…。」 奈央は一志の横のソファに座り、黙る。 空気が緊張している。 「…あ…。」 奈央が口を開くと空気が揺れる。 一志の平常心が揺れる。 「離婚するのか?」 一志は早口で聞いていた。 「…。私が居ない間、どうだった?」 奈央は顔を上げないし、一志も奈央と反対側に顔を向けて、バラバラに話す。 「別に。離婚の話された時は無理だって思ったけど、別に。お前なんか死んだものだと思えばどうってことなかったよ。」 会えないだけで、死んでしまったかのように悲しくて寂しかった。 「勝手に殺さないでよ。」 奈央は呆れる。 「死んだも同然でしょ。」 俺を好きだった奈央はもうどこにも居ない。帰って来ない。 「っがうっ…。」 「ガウって何よ。」 一志は鼻で笑う。 「違うっ…。」 奈央は泣くのを我慢してジッと黙る。 何を考えているのか、恐い沈黙。 何か言われる前に何か言わなきゃ、奈央から言われるのは怖い。 奈央は自分から発する時は大切な真実しか言わないから。 俺が聞くまで待て…。 準備が出来ない…。 「一志…。」 呼ばれて一志は奥歯を強く噛み締める。 目を開けていられない。 お前がしていることは死刑宣告だ。
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