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「どうしたんですかお嬢様。書庫で本をお読みになっていたはずでは?」
蒼火さんの問いに冷静に答えられるほど、今の私に余裕はない。
私は未だ漂っている靄に視線を向けたまま、今頭の中に浮かぶ言葉を無理矢理並べていく。
「声が聞こえて……廊下に出たら白い靄の中で女の子が歌ってて、そしたらすぐに消えちゃって……」
なるほど、と蒼火さんはつぶやき、
「その白い靄は、どこにあるんですか?」
は?私はと思わず声を漏らした。
当然靄はまだ存在している。そして蒼火さんは、私と同じ廊下の曲がり角に視線を向けている。
……ありえない。あれだけはっきりと見えているのに、蒼火さんに見えないはずがない。
なら、嘘を付いている?……何のために?
疑問が疑問を呼び、それらが頭の中を支配していく。
そんな私に、蒼火さんは言う。
「だから言ったでしょ?」
敬語から標準語に戻した蒼火さんの表情――笑顔を見て、私の背筋に悪寒が走る。
次の言葉なんて、容易に想像できた。
「――――”唄う女の子”には気を付けてねって」
不本意ながら、私は”唄う女の子”に会ってしまったらしい。
その正体は、私にはわからない。
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