はじめ

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 元は劇場か何かだったのだろう。いやに広い踊り場のある廃墟に、音を立てず少年が入って行く。  見知った場所らしく、暗闇の中少年は足を止めることなく廃墟の中を進む。 「…やあ」 着いた先に居たのは一人の少女。少女の腰掛ける椅子や身に纏う衣服は時代錯誤に豪奢で、どこか退廃的な雰囲気を漂わせる。ふわりと風に靡くブロンズの髪は長く、椅子から垂れ落ちて地面にたゆたっている。  少年はその髪を踏まないように注意しながら、少女の傍に歩み寄った。少女は人形のような顔に、「おかえりなさい」と作り物めいた無垢な笑顔を浮かべる。それに対して少年は小さく微笑み、手に握っていたものを少女へと差し出す。 「お土産。綺麗だろ」  それは紅い石が輝く指輪。精緻な細工を施されたそれを、少女は自らの指にはめて空に翳す。きらきらと少ない光を反射する様を目を細めて眺める様は、このような場所でなければまるで一国のお姫様のようである。  そんな少女を満足げに見ながら、少年は少女の隣りに座り込む。 「今日はね、不思議な人に会った」 「どんな人?」  指輪よりもその話に興味が傾いたらしく、少女は少年の方へ身を乗り出す。 「街中で、突然僕の名を訊いてきたんだ。勿論そんなうさん臭い人に教えたりしないけど」 「うん、それで?」 「そしたら笑って『またお逢いしましょう』なんて言って、何処かへ行ってしまったよ」 「不思議な人ね」  少女はその様子を想像して首を傾げる。それに合わせて長い髪がさらさらと流れた。少年はその内の一房を手に取って、また小さく微笑む。 「うん、本当に不思議な人だった」  少年の目をじっと見つめた後、少女は目を伏せて少年に言う。 「ねえ、外のお話、もっと聞かせて?」  少年が手にした少女の髪は、水のように地面へと零れていく。崩れかけた壁に辛うじて掛かっている時計の針は6を指していた。  空を見上げた少年の瞳に朝焼けが映る。 *
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