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携帯は思っていたより早く鳴った。
「…もしもし?」
一瞬ためらったような息づかいが聞こえたが、すぐ聞き覚えのある声が話し出す。
『…亜弓です。』
「ああ。久しぶり。どうしました?」
何事もなかったように。
俺は穏やかな声で携帯を握りしめた。
『…会える?』
「もちろん。」
亜弓の声は明らかに沈んでいて。
会える事が嬉しく感じたと同時に胸がチクリと痛んだ気がする。
でも俺はそれに気づかないフリをした。
「亜弓、お待たせ。」
約束をした駅前には既に亜弓が立っていて、俺は帰宅ラッシュで混み合う人混みをうまく避けながら走り寄る。
「あ、うん…。」
………。
亜弓の顔は笑顔だった。
だけど瞼は腫れ、目は充血して。
昨夜一晩中泣き明かしたのだと分かる。
「どうしたの…?泣いた?」
そっと亜弓の頬に触れただけで亜弓の頬が赤く染まった。
「…どこかゆっくり話せる所に行こうか。」
俺が言うと亜弓が小さく頷く。
近くのホテルのスイートルームがたまたま空いていたので、亜弓の手を引きそこに泊まる事にした。
「スイートルームなんて…お金そんなに持って来てないわ…。」
「大丈夫。…亜弓が元気ないみたいだから、俺からのプレゼントだよ。」
広い部屋をキョロキョロと見渡す亜弓ににこりと微笑んでみせる。
亜弓はホッとしたように、ふかふかしたソファーに身を預けた。
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