その五「まさし」

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「おいっ。 美紗(みさ)っ」  雅史の問いかけに振り向きもしない美紗。  大学のキャンパス内でたまに見かけるカップルの喧嘩のように見える。  ソフトな「アシメ」と呼ばれるヘアースタイルに、ジーパン、Tシャツ姿の雅史は、至ってごく普通な男だ。  そんな彼の伸ばした手を美紗の巻き髪が何度も振り払う。  流行の花柄をあしらったワンピースに、可愛らしいスカイブルーのパンプスを履く美紗は、レポートのファイルを両手で持ちながら東館と西館を繋ぐキャンパスを横断している。 「なんで、俺の事を無視すんだよ」と言いながら、木漏れ日の中、美紗を追い掛け回す雅史。    つい昨日のデートまでは、仲良く手を繋いで映画館へ行き、カラオケに行った後には、お揃いのペアリングを購入したバカリだった。  今でも、美紗の左手の薬指に、ペアリングを嵌めた時の笑顔が、彼の脳裏に蘇る。  ――いたって普通のデートだったはず……  なのに、何が気に入らないんだと、腹を立てる雅史。  すると、やっと美紗が後ろを振り返った。 「いい加減にしろよ。何怒ってんだよっ」  怒る雅史に、なぜか笑顔になる美紗。  雅史は、美紗から向けられる視線が自分に当たっていない事に気付き、視線の方向へ振り返ると、美紗の友達が笑顔で手を振っている。  完全に嫌われたと思い、ため息をつく。  その時、何処かから声が聞こえた。  何を喋っているのか、どんな声なのか解らない……ただ声が聞こえた。  辺り一体に視線を巡らせる雅史の前に、スーツ姿の男が階段の影に立っていた。  今の声がこの男のモノかと疑いながらも、雅史は声を掛けた。 「あんたか? 俺に何か言ったのは?」 「そうだ……」  あっさりと答える男。 「見かけない感じだけど、誰なんだ?」  雅史の問いかけに男はニタリと笑みを浮かべ口を開いた。 「しにがみ……」 「死神?」  雅史の声が裏返える。
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