マネキン男

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携帯小説の恋愛部門で、めでたく文壇デビューを果たした現役の短大生、早川麻美の下に不可思議なeメールが届いたのは、短大も夏休みに入り、世間では既に盆休みを故郷で過ごす人達の帰省ラッシュも始まりだした、真夏の猛暑も蒸し暑い、8月10日の事だった。 近頃では文芸雑誌や本の帯などでも 『130万人が涙した! 携帯サイト『オバゲー』で2000万ヒットを記録した、あの超話題作! 才能溢れる恋愛小説家は、若干20才の現役短大生!』 などと紹介された事もある麻美であるから、どうせまたその日届いたメールも、嫉妬や羨望の入り混じった素人からの的外れな批評や、悪戯の類だろうと軽く考え、いつものようにコーヒー片手にメールボックスを開くのだった。 出版社や友人達からのメールに混じって、それは思った通り、原稿の体裁をあしらった長い文章だった。 前もって通知らしきものはもらっていない。しかし、アポイントメントも何もなしに、突然誰か未知の人間からこうした原稿のようなものが送られてくる例は、これまでにもよくある事だった。 それらは大抵、長々しく退屈きわまりない文章ばかりだったが、出版社との次回作の打ち合わせも終わり、短大の同級生達が額に汗してアルバイトなどに精を出す中、とりあえず本の印税で懐には困らないが時間だけは膨大にある麻美は、作家らしい好奇心に駆られ、ひととおり読んでみようと思い立ち、受信トレイを開いてみる事にした。 それは思った通り、見た事もないアドレスから送信されていた。 eメールには表題も署名もなく、本文もいきなり『親愛なるあなたへ』という呼びかけの言葉で始まっている。 出会い系サイトなどにありがちな、URL付きの迷惑メールやスパムメールの類でもなさそうだった。 …手紙? それともラブレターかな? そう思い何気なくニ行、三行と読み進めるうちに、麻美はそこからなんとなく異常な、妙に気味悪いものを予感した。 そして持ち前の好奇心から、ぐんぐん先を読んでいくのだった。
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