第一幕

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「帽子が」 「あっ、マリス!」 飛ばされた帽子目指して、マリスは駆け出した。止めようと青年が手を伸ばすがそれよりも先に、相手は人込みに紛れる。少女の姿はすぐに消えた。 小さく舌打ちして、急いで青年は自分の荷物と相手が残した鞄を引っ掴んだ。 「ちょっと御免なさいっ」 人々に押し潰されそうになりながら、それでも懸命に人と人との合間を縫うように覚束無い足取りでマリスは進んだ。 鞄を持たずに追い掛けたのは幸いだった。そのお陰で他人と衝突し中々前に行けない青年とは逆に、マリスはスムーズに目的の場に到達することが出来たからである。 しかし足を止めあちこちに視線を走らせてはみるものの、帽子らしき物は見当たらなかった。この場に無いのだと知ると、マリスは瞳を困惑に揺るがせた。 ‥‥その近くで。 一人の男が、立っていた。乗車途中のつもりなのか、男の傍で止まっている馬車の扉は開け放たれた状態である。 何かを探すように顔をきょろきょろとさせては首をかしげるマリスを見て、男はさも愉し気に喉の奥で笑った。暫くの傍観の後、やがて颯爽とした動作で歩き始めると、黒いワンピースドレスを纏った少女の傍で立ち止まった。 「そなたが探している物はこれか?」 突然かけられた声に、マリスはゆるりと己の背後を振り返った。 そこには、黒髪の長い青年が立っていた。 背丈はそれほど高くはないが、マリスよりはある。 愛嬌のある笑みを口元に形作り、瞳を悪戯好きな子どものように耀かせながら相手はマリスを見つめていた。その頭には帽子がある。 そう、帽子が。 男性ものでは絶対に考えられない、リボンとレースをふんだんにあしらった鍔(つば)の広い羽根の飾り付き帽子が、相手の頭にちょこんとのっかっていた。
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