4125人が本棚に入れています
本棚に追加
ルタはしっかりとした足取りで来た道を戻り始めたが、その表情はボンヤリとしている。
ケンは何も聞かずに彼女の横に並び辺りに気を配った。
ルタは彼の存在を忘れているかのように静かに考え込んでいるようだ。
パン屋の裏手まで戻ってくるとようやく振り返ってケンを見つめる。
「私の弱みを握ったと思ってるならお生憎様。私にとって彼らも、実家もどうでもいいもの。」
「あなたが易々と人に弱みを見せるような人だとは思っていないですよ。」
ルタはにらみつけるようにケンの瞳の奥まで見つめた。まるで彼の心をそこから読み取ろうとしているかのように。
ケンは黙って彼女の視線を受け止めていたがしばらくして口を開いた。
「あんまり見つめられると他意はないと分かっていても照れるのですが、
とくにあなたの様な美しい方からだと。」
ルタは彼の顔から視線を外し、ふいっと後ろを向くとすごい速さで地面に術を描き始めた。
その耳が薄っすら色づいていることにケンは少なからず驚いた。
だが、彼よりもルタ本人の方が何倍も自分の抱いた動揺に驚いていた。
賛辞など聞き飽きていたはずだ。
ならば何故、自分はこんなにも動揺しているのだろう…
ぐるぐると考えを巡らせながらも手は迷いなく動かすことができる。
おそらく彼の偽りのない眼差しや、感情を極限までそぎ落としたような表情からまさかそんな言葉が出てくるとは思わなかったから。きっとそうだ。
ルタは書き上げた術の中に立ちケンを手招くと即座に移動を開始した。あまりの早さに準備ができず、先程より大きくよろめいたケンがルタに被さるように着地するとルタはイライラとケンを押しのける。
「気安く触らないで!」
「失礼しました。」
頭に手をやりながらケンはボソボソと謝った。自分から飛びのくように離れていったルタが怒った猫にそっくりだとボンヤリ考えていると、
「ぼけっとしてると置いていくわよ!」
自分たちがいた横道の入り口から顔だけ覗かせて怒っている彼女が見え、再び同じ考えが頭をよぎり笑いを堪えながら歩き始めた。
最初のコメントを投稿しよう!