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「まだ終わんねーのかよ」
ジョンが苦々しい声を上げたのは人目につきにくそうな小さな薄暗い女性物の服飾屋の中を覗いていたルタが一本店内へと踏み出した時だ。
ジョンの手には小さいものから大きいものまでさまざまな包みが抱えられている。
「頭の悪い人間に付き合わされることほど疲れることはないわね。
でも私は優しいからあえて言ってあげる。
だ・か・ら
言ったでしょ?付いてこなくていいって。
そちらの予定なんか知らないわ。この後、私がそちらに付き合わされるんだから今は自由にさせてもらうわ。
付いてきた以上、荷物持ちくらいこなしなさい。」
冷たい視線を向けた後店内に消えたルタの後に当然のようにケンが続く。
ジョンはそれも気に入らずしかし自分は後に続く気にもなれず側にあった塀にもたれかかり深いため息をついた。
店内では服を選ぶルタから少し離れ、ケンは熱心に棚に飾られた物を見ていた。
気に入った服を何着か試着し戻ってきた時にもまだケンがそこにいるのでルタは彼に近づき手元を覗き込んだ。
「何、誰かに贈るの?それとも自分で使うとか?」
ケンの視線の先には滑らかに磨きあげられた櫛が並んでいる。
彼はそのうちの一つ、色付けもされず木の色のままのシンプルな櫛を手に取りルタに差し出した。
「落とした荷物に櫛も入っていたと聞いたので。」
ルタは棚に置かれたままの煌びやかな櫛たちに目を向けてから自分の手元の櫛を見た。
持ち手に駆ける馬の姿が彫り込まれ、櫛の縁にはつる草もあり全体を見ると草原を駆け抜けているように見える。
店員がそっと近づいてきて説明するには、とても珍しい木で出来たこの櫛は何十年もしかしたら何百年も使い続けることができる上、この硬い木を櫛にしてこれだけ凝った彫り物をできる職人はもういないと言い切った。
「あなたももちろんですが、お連れ様もずいぶんと良い目をお持ちですね。」
店員の女性はルタが買おうと腕にかけている服と、櫛に目をやってからニッコリと微笑んだ。
「そんな珍しい品を売り物にしていいんですか?」
ケンが尋ねる。値段もひどく高値なわけではないし不思議に思ったのだろう。
店員はニコニコしたまま頷き、商品を丁寧に包んでくれる。
「こちらにおいで頂けた時点で購入していただくのに相応しい方だと分かっていますから。」
ケンは少し身を硬くした。
「失礼しました。変な意味で言ったわけではありませんし、おかしな仕掛けや力で招き寄せたわけでもありません。
私はただ、ここにある品が相応しい方の手に渡るように商いをやらせていただいているだけですので。
まぁ、一般的な店とは少々違う部分もあるとは思いますが、害をなすようなことは一切ありませんので。」
女性は包み終わった商品を笑顔でルタに渡し、ルタは支払いを済ませると何も言わずにさっさと出口へ向かった。
「ありがとうございました。」
店員は出口まで付き添わない代わりのようにその場で深々と頭を下げた。
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