第二十章 調整者の苦悩

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いつも通り、町が目覚めるよりもずいぶんと早く目が覚めてしまった。 でも、人よりも時間がかかる私にはちょうどいい。 ゆっくりと布団の中で手足を身体を動かす。 強張った身体から不気味な音がするが、調子はまずまず。 瞬きも何度か繰り返す。白く濁った視界はかろうじて光をとらえることができる程度。 こちらもまずまず。 布団をヨイショとどかし、あいたたたっ、と言いながら起き上がる。 これもいつものこと。 相棒のように愛着がわいている太く軽い杖に助けられながらゆっくりとベッドから足を下ろす。 少ししびれた足先に力が入るまでしばし待つ。 窓の外は、まだ薄暗く、あたりは静寂に満ちている。 ゆっくり、ゆっくりと立ち上がり、扉ににじり寄るように近づく。 ボロボロの木戸には鍵などかけない。 一昔前は昼夜問わず、この扉から人が駆け込んできたものだから鍵をかけずにいたらいつの間にやら鍵そのものもなくなってしまった。 ようやく扉の取っ手にたどり着き、ゆっくりと開くと、朝の澄み切った空気が流れ込んでくる。 目は濁っても長年使い慣れている道を間違えるはずもなく、小ぶりのバケツを手に取って共有の井戸までのんびりと歩いて行く。 カラカラカラ…滑車の音を響かせながら綱を下ろしていく。 チャポンと桶が水に浸る音がした時、隣に人が立つ。 先ほどから少し離れた所で様子を伺うようにたたずんでいたから特に驚きはしない。 私の代わりに素早く水を汲み上げて、持ってきた小さなバケツになみなみと水を注いでくれている音がする。 ついっと立て掛けていた杖を差し出され、私はゆっくりとそれに手を添える。 何も言ってこないから、こちらも何も言わない。 また、カラカラと音がして、何かに水を注いでいる音がする。皮袋だろうか、旅人なのかもしれない。 また、ついっと差し出され、握り込ませるように持たされたのは木製のコップ。 ひんやりとした水がなみなみと注がれている。 ゆっくりと口元へ運び喉を潤すとようやく、先ほど触れた手に覚えがある事を思い出した。 「水をありがとう。ところで、傷の具合はどうだね?美しいお嬢さん。」 尋ねた相手はビクリッと肩を揺らしてから私のシワだらけの手を掴みそっと顔を触らせてくれた。 打撲と切り傷のあった箇所は驚くほど綺麗に治っていた。 「やはり若い者は治りも早いね。良かった良かった。」 彼女に出会ったのは偶然だった。薬草を取りに出かけている最中に出会ったのだ。 取り乱した様子で小川の水で顔を冷やしていたので持ち歩いている治療道具と薬で処置をした。 こんな得体の知れない婆を気味が悪いと嫌がることもなく大人しくされるがままになっていた彼女のことが心配だったのだ。 会いに来てくれてよかった。
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